見どころ紹介
ATTRACTIONS
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21.春日の杜の寄合(米騒動)
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22.代官屋敷跡
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23.麦屋(むぎや)
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24.五十目坂(ごじゅうめざか)
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25.阿羅本屋(あらもとや)(5区 現上近藤診療所本宅)
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26.中切酒屋近藤家
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27.大門(だいもん)(心観寺(しんかんじ)と山門跡)
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28.赤羽根坂(あかばねざか)
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29.八幡神社(はちまんじんじゃ)
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30.坂口(さかぐち)
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31.庄屋屋敷
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32.郷蔵(ごうぐら)
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33.高札場(こうさつば)
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34.笠置神社(笠置神社前社)
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35.さらし弘法(東濃新四國三十二番の札所)
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36.石塔ヶ根(せきとうがね)(金毘羅様)・切井道(きりいみち)・大神様(おおがみさま)伝説、中世の村長浅山氏居住説
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37.問屋-清水屋
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38.笠神(かさがみ)
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39.大日様
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40.五倫(ごりん)
藩主が最後に黒瀬街道を下った記録
藩主が最後に黒瀬街道を下ったのは明治元年のことであった。
苗木の殿様 12代遠山友禄(とおやまともよし)は、大政奉還、戊辰戦争(ぼしんせんそう)と目まぐるしく変わる政変の中、藩政改革、幕府打倒と討幕の機運も高まる時期に勤王の意を表し、京都へ出発の命を受けた。
時は明治元年(1868)4月。4月22日出発しようとしたが、木曽川増水のため、中津川より中山道経由では発つことができず、やむを得ずコースを変更。翌23日、黒瀬街道(苗木―中野方村―福地村―久田見村―黒瀨湊)より中山道へと足を進めた。これは、おそらく藩主が通った最後の公道としての役目であったと思われる。
(苗木藩政史 P16,205)