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藩主が最後に黒瀬街道を下った記録

藩主が最後に黒瀬街道を下ったのは明治元年のことであった。
苗木の殿様 12代遠山友禄(とおやまともよし)は、大政奉還、戊辰戦争(ぼしんせんそう)と目まぐるしく変わる政変の中、藩政改革、幕府打倒と討幕の機運も高まる時期に勤王の意を表し、京都へ出発の命を受けた。
時は明治元年(1868)4月。4月22日出発しようとしたが、木曽川増水のため、中津川より中山道経由では発つことができず、やむを得ずコースを変更。翌23日、黒瀬街道(苗木―中野方村―福地村―久田見村―黒瀨湊)より中山道へと足を進めた。これは、おそらく藩主が通った最後の公道としての役目であったと思われる。

(苗木藩政史 P16,205)